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人間はなぜ「オンライン」だけで相手を信頼できてしまうのかーーオンラインコミュニティの自己組織化に取り組む田原真人が考えた

先日、サイボウズ式の以下の記事がFacebookのシェアで回ってきました。

人間の五感は「オンライン」だけで相手を信頼しないようにできている──霊長類の第一人者・山極京大総長にチームの起源について聞いてみた

 

オンラインだけで信頼関係を築くことができるのか?というのは、私にとって10年以上かけて取り組んでいるテーマでしたので、興味深く読みました。

私の経験を最初に書かせていただくと、私は、オンラインだけで繋がっている多くの人と信頼関係を結んで仕事をしています。

私を含む8名からなる「与贈工房」というチームは、信頼をベースとして収入を分け合っているのですが、そのメンバーの中には一度も対面で会ったことのない人もいます。

8月には、「自己組織化コミュニティの作り方」という8週間のワークショップを行いましたが、そこでは、リアルでは会ったことのない人同士がオンラインの対話を通して深く繋がり、自己開示が進んでいき、100人ほどの生命体のようなコミュニティができました。さらには、カップルも2組誕生しました。

つまり、私や、私の周りの人たちは、

「オンライン」だけで、相手を信頼できてしまった

という共通体験を持っています。

その体験を元に、インタビュー記事を読んだときに、私たちは、まだ一般的には知られていない何かに出会っているのではないかと思いましたので、そのことについて書いてみたいと思います。

五感で感じないと信頼関係は生まれないのか?

このインタビュー記事で興味深かったのは、

五感の中の触覚や嗅覚、味覚という「共有できないはずの感覚」が信頼関係をつくる上で重要

というところです。

このことから、視覚と聴覚に限られる「オンライン」は、対面と比べて信頼関係を築くには不利な状況だと言えます。

しかし、結果として、それらを共有できない状況であるのにも関わらず、信頼関係が生まれてしまったという現実があるので、次のような問いが生まれました。

視覚と聴覚でしか繋がれない「オンライン」で信頼関係が生まれてしまったのはなぜか?

そこで、「オンライン」ならではの拡張された感覚というものがあるのではないかという仮説を立ててみました。

なお、「オンライン」といっても、様々なツールがあります。私の実感としては、2016年にZoomが登場してから、「オンライン」の新時代に突入したと感じていますので、以下では、主にZoomを使った場合に感じていることだとお考え下さい。

(仮説1)「オンライン」だと、相手と自分の顔から受け取る情報が多い。

私がZoomで対話をするときに気づいたのは、リアルに比べて相手の顔がよく見えるということです。さらに、話しているときの自分の顔もよく見えます。

リアルの場で話すときには、相手の顔をじろじろ見ながら話すのは、何となく気まずいので、顔から目を逸らしながら話すことが多いですが、Zoomだと画面越しだということもあり、相手の顔をよく見て話します。顔の中の目の周りの筋肉(眼窩筋)は、本当に考えていることを反映して収縮すると言われています。いわゆる「目は心の窓」というものですね。相手の顔をよく見て話し、声の調子を聞くと、相手が本音で話しているのか、取り繕って話しているのかが、かなり明確に伝わってきます。

また、自分自身が見えているというのは、内省モードに入りやすいという特徴があります。

「あれ?自分、暗い顔をしているな?」

などと気づくので、話をしながらメタ認知しやすいのです。オンラインの対話中に、気づきや変容が起こることが多いのは、もしかしたら、自分自身が見えているということと関係があるのかもしれません。

(仮説2)「オンライン」は強制力が効きにくい

もう一つ、これは、体験してみて気づいたことなのですが、自宅など、リラックスした環境からアクセスしているせいなのか、物理的に閉じ込められていない安心感なのかは分かりませんが、「オンライン」だからこそ、安心感を感じることができて、自己開示が進むということもあります。
 
実は、リアルの講座に比べて、オンライン講座は脱落率が高いです。それは、言い換えれば、嫌ならいつでも立ち去れるということでもあります。だからこそ、オンライン講座で脱落者ゼロを達成するときは、参加者全員が、自分の意志で参加しているのだということが伝わってきてうれしかったりします。

リアルと比べて「オンライン」では強制力を働かせることができません。つまり、権力関係になりにくいのです。それが、居心地の良さとなり、自己開示しやすい空気を作りやすくなっているのだと思います。

実際、Zoomの対話では、「初めて会った人同士なのに、いきなり深い対話になった」という声が良く聴かれるのです。

(仮説3)「オンライン」では、関係がフラットになりやすい

Zoomで対話するときは、すべての人が同じ大きさに表示されます。そうすると、誰もが対等であるという意識が生まれやすくなり、発言が公平に行き渡るように注意しようという意識が自然と生まれてきます。

リアルの場では、様々な上下関係やしがらみと切離すのが難しいこともありますが、「オンライン」だと、簡単にフラットな場を作ることができるのです。

このように、「オンライン」には、対面にない特徴があり、「オンライン」の経験が多い人ほど、そのことを経験的に理解しています。

対面に比べて欠ける部分に着目すると、「オンライン」は対面の劣化版としてイメージされますが、欠ける部分もあり、拡張される部分もあるというのが、私の印象です。

これらをまとめてみると、次の図のような形に表されるのではないかと思います。「オンライン」の部分に入ってくる要素は、まだまだ言語化されていない部分もたくさんあるので、今後、さらに広がっていくのではないかと思います。

チームサイズの限界は?

記事の中で、チームサイズと脳の容量の相関に関する部分がありました。

約60万年前に脳の容量は1500ccに達し、人間は150人の群れを形成できるようになりました。この頃から現代に至るまで脳の容量は変わっておらず、今の人間も実は「150人の群れ」のための脳しか持ち合わせていないんですよ。

このとき、「過去に身体感覚を共有した人」が、信頼関係を築くことができるのだと述べています。

これは、伝統的な共同体における祭りなどをイメージすると理解できそうな気がします。その方法における繋がりは、ある種の共通性と同調をもとにした繋がりなのだと思います。

音楽に合わせて一緒に踊ったり、歌ったり、という体験を共有したことによって繋がっていく仕組みです。

そこでは、私たちは「同じ」であるということが、繋がる上で重要な要素になります。

一方で、私が、「オンライン」を使って繋がりを作ることをはじめた出発点には、311の後、「同じ」によって繋がっている共同体が、判断や状況の違いによって分断されていったことに対する痛みがあります。

「同じ」によって繋がる繋がり方は、大きな違いに耐えられないし、「同調」できない人を排除する力も働くのだということを実感し、今後、人間は、「違う」ということによって繋がる方法を新しく見つけていかなければならないのだと思いました。

そこで注目したのが、「オンライン対話」だったのです。

身体的に同調できない「オンライン」という環境の中で、お互いが「違う」ということを大切にして、集合知を作っていくと、集合知が糊の役割をして人と人とが繋がっていくことが可能なのだということを見つけました。

さらに、そのような形で繋がり合った後、「いざとなったら手伝ってくれる人たち」の存在を感じることで、思考の枠組みが広がって、創造性が飛躍的に伸びることを体験しました。

今までは、「自分1人でできること」に、思考が制約されていて、創造性が抑えられていたのです。

100人の集合知で繋がったオンラインコミュニティでは、100人それぞれの創造性が高まっていきます。

創造性が高まった100人の集合知は、最初の集合知とは桁違いのものです。

私は、このような共創の渦が回るコミュニティのことを自己組織化コミュニティと呼んでいます。

ここに、測り知れないイノベーションの可能性、一緒に生きていくことができるコミュニティ創造の可能性があります。

このような方法で繋がるコミュニティの限界がどのあたりにあるのかは、まだ、良く分かっていません。

しかし、自己組織化コミュニティでは、コミュニケーション量が、左脳的に処理できる範囲を超えるので、「理解できる範囲」がボトルネックになりません。そもそも、そこを超えた領域でコミュニティが動いているからです。

150というマジックナンバーが、自己組織化コミュニティでも意味を持つのかどうか、今後、探究していきたいと思います。

脳で繋がる、身体で繋がる

私は、身体が重要ではないとは考えていません。むしろ、コミュニケーションをとる上で、身体がとても重要な役割を果たしていると考えています。

「オンライン」だと脳だけで繋がり、対面で共同作業をすると身体で繋がる、というのは、少し単純すぎる話だと思います。

外から入ってきた刺激を、いったん身体に入れて、身体の反応をモニターすることで、自分が何を感じているのかを認識することができます。

それは、対面でも「オンライン」でも、することができます。

逆に言えば、対面でも「オンライン」でも、相手の情報を自分の思考の枠組みに当てはめてジャッジしているときには、共感することは難しいです。

私は、毎日、朝と夕方に「オンライン」でミーティングや対話をしています。

気持ちを静かにして、相手と対話すると、お腹のあたりが熱くなったり、胸のあたりがピクピクしたりします。共感して、胸が苦しくなって息ができなくなるときもあります。

そういった身体の反応と繋がりながら、相手の言葉を受け取ると、相手の感じている世界が生き生きと現れてきます。相手から見えている世界が立ち現れてくるのです。その感覚を維持したまま、対話を続けると、分かり合えたという実感が生まれ、信頼関係が生まれます。

自分と相手が、それぞれ大切にしている部分を共有し、その部分で通じ合っているということを感じられたら、たった1時間の対話であっても、深い信頼関係が生まれます。かけがえのない出会いに対する感謝が生まれます。

自分と深い部分で通じ合うことができるような人と、そう簡単にリアルの場で出会うことは難しいです。しかし、「オンライン」だと、SNSなどの繋がりから紹介してもらうことができ、縁を辿って次々に繋がっていきます。

これが、私が体験している「オンライン」によって信頼関係の繋がりが生まれていく世界です。

そこでは、おそらく、みなさんが想像もしていないようなことが、すでに起こっています。そこには、間違いなくオープンイノベーション、パラダイムシフトのヒントになるものがあると考えています。

サイボウズ式の記事を読み、私が直面している「オンライン」の体験は、もしかしたら、まだまだよく知られていない領域なのではないかという想いを新たにしました。
 
人間が、これまでに実現したことのないコミュニケーションのあり方を、実現しようとしているのかもしれません。
 
この数年間で行ってきた様々な取り組みは、「Zoomオンライン革命」に書いてあります。
 

 
今後、多様な人たちと共に生きていくための在り方を考える一つのヒントが「オンライン」にあるのではないかと思っています。

考えるきっかけを下さったサイボウズ式の記事に感謝。

 

 





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