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「深尾葉子さんと魂の脱植民地化について語ろう」の感想まとめ

オンライン教育プロデューサーの田原真人です。

Zoom8月革命「深尾葉子さんと魂の脱植民地化について語ろう」は120分の対話イベントでしたが、そこへ至るまでの対話や、イベント後の感想などからも、とても豊かな学びが起こっています。

録画を視聴した方々からの感想も届きましたので、こちらで感想を共有し、一緒に学びを収穫していきたいと思います。

●香取一昭さん

大学を卒業して会社員になると決意したとき、「いつかそのうち、自分が流されていることに気づかないほどまでに流されてしまうことがあるのではないか」という漠然とした不安を抱いたことを思い出しました。「自分の魂は植民地化されてなんかいない!」と思いながらも、ひょっとしたら50年前に恐れていたことが起こっているのかもしれないという考えが芽生え始めています。貴重なゆらぎをいただきました。ありがとうございました。

●福島毅さん

一見、生き方に関する難解な、あるいは複雑系といった生命現象からみてもむずかしい内容なのに、多くの人が関心を持ち、安心な場で意見交換できたことが素晴らしいと思います。これからの生き方についてこのようなオンラインの場が次々と増えていくことを望みます。

●佐藤さわさん

正直いって、内容に関しては消化不良でした。すごい人が集まってそうなのに、話を聴くのも交流するのも、ほとんどままならなくて……。
物理っぽい(?科学かな?)お話は、運営やりながらで集中してなかったせいか、私が無知過ぎるせいかw、聴いてても全然わからな
かったし、深尾さんのお話も正直あまり響いてこなかったです。
ブレイクルームも、なにについて話すんだっけ?みたいなムードもあったりで、うーん……いろいろ消化不良!

●森田明彦さん

皆さんの意見を聴いて、いろいろなコトバやオモイが湧き上がりました。素晴らしい創発の場だったと思います。そして、参加者がそれぞれの現場で不幸の均霑原理のもとでどんな苦労をしているのか、そこから自分を守ったり、そんな組織を変えるためにどんな試みをしているのか成功例、失敗例を含めて聴いてみたい気がしました。

●ゆさみかこさん

田原さんのお話が自分のこの10年を追随しているようで不思議な感覚になりました~^^楽しかった☆ 今度はもうちょっと少人数で深くやってみたいなあ。

●山崎曜さん

共同体の、共。
ある止まった時点の共同性にしばられる。
時間をとめた状態にしばられる。過去の関係、しがらみ。にしばられる。
共同体、共に、きずな。

関係性がハラスメントにならない、という状態がつくれてない。
つながろうとすると、からめとられる。
これを打ち破るにはどうすればいい?という深尾さんの問い。

311の後に。
共同体、っていうものにぶちあたった。(これは田原さんの言ったことかな?)

そう。私は、つねに生き物は変化してるっていうことに正直に生きるためには、一人でいよう、って思っている。

組織に入るのはやめて、一人の人として生きる。
そして、それは強いからできた、みたいに思われたりするかもしれないけど、むしろ逆で、怖いからそこから逃げた。一人で居たい、っていう気持ちが強かった。
エインさんもそんな感じかもしれない。私はあんなにストレートに学校はくだらなくて居る意味がない、とか言わなかったけど、気持ちはすごく共感できる。
それでも共感してくれる人はいて、私は生きてこられた。
まず、私の場合は、親がすごく助けてくれたと思う。基本、好きなことをやる、ということをものすごく支えてくれた。
自立しなさい、と家からたたきだしたりせず、君がやりたいのなら存分にスネをかじりなさい、という態度。
私はこれにとても助けられた。

それは、研究生活を続けるために、養子にはいった父の気持ちや、ちょっと好きなことがあったけれど、親の反対を押し切ってまでやることはできなかった、母の気持ちからだと思う。

そして、仕事になるようなことでなく、楽しみのために、オリジナリティある「本」が作りたいっていう人が、どう感知するかわからないけど、たいして宣伝もしていない教室に集まってくれたこと。
この時点で、十分にシンクロニシティというのか、シナジーというのか、そういうものを感じることができた。
来てくれた生徒さんの企画で、大手の出版社から本を出すことができたり、その本がまた新たに熱心な生徒さんを呼んでくれたり、海外でも見てくれる人がいたり。
そういう経験を積み重ねることで、いつも新鮮に楽しんで発信さえしていれば、生きていられるはずだ、という根拠のない自信が形成されるに至った。
作るものや話す言葉に気持ちを込めるということがわかったんだと思う。

中国。個人と個人の間の関係投資。個人の経済活動に関係投資がある。
日本とは違う集団性をもってる。自分が必要と思う人に、お金を投じていく。
表に見えるのは華僑とかだけど、どの村とかでもこの関係性の作り方は同じ。
深尾さんが中国から学んだことっていうのが興味深い。
(近頃、中華圏(中国、台湾、シンガポール、香港)の人たちからアクセスがある自分としては、すごく興味深い。そういう人たちとこれから「製本アート仲間」になってくんだろうな、と思うとワクワクする。
きっといろいろあるだろうけど。来月は中国の人、再来月は香港の人がプライヴェートレッスンに来る。)

自分って、最初の時点で一人になったな。会社や学校っていう集団がともかくいやだった。私の場合、もし大学に残ってみたら、と声がかかっていたら、学校という集団にからめとられていたであろう。
そうならなかったことはとてもラッキーだったな、と思う。基本姿勢である「しばられたくないから、しばりたくない」というのが保たれるこになった。

311は田原さんが語るようには自分に影響を与えていないかもしれない。
(と思ったが、この殴り書きの、最後まで書いて読み直したら、私がハラスメントをさけられてないのは日本っていう集団の全体からなんではないか、と思った。そこを見ないようにしてる自分がいる気がした。)

集団を、ハラスメントをつくらないようにブレークスルーするにはどうすればいいのか?という問い。
これには、答えを見つけられない。基本的に集団に居ないので。
家庭や教室メンバーというのが、私の居る集団ではある。

外部に行って、自分を相対化するとわかる?
確かに。
おととし アメリカに行った時、思いのまま自分のことを喋って、つたなくてもプレゼンしたら熱心に聞いてもらえて、なんてここは生きやすい息がしやすい所なんだ、って思った。その前まで意識してなかったけど、ここまで自分を抑圧、つまり、自主規制してたんだな、とわかった。
上記のように「おれは一人でやってくんだ!」って(親に守ってもらいながら(笑))
つっぱっていてすら、日本に居ては、自然に自主規制しているのだ。
それがわかってよかった。帰国したら、すっ、と再び自主規制してしまうことも多いけど、自覚はしてるから、それ以前とは全然違う。

松嶋さんの家庭話、わかるわ~~。そうそう。家族の中に、もっと他の人を入れてくる、みたいなことはできないかな、と思う。
私の場合、ヒッポの活動がすごくからんでくる。(ちょうど、ヒッポ活動が、松嶋さんのオンライン活動にあたる感じがある。)ヒッポは多言語の自然習得を目指すグループだけど、ファミリークラブっていう名前をつけているとおり、世界の人と家族になろう、ということを標榜してる。
この言葉だけ聞くとなんか表面的な感じがするけど、世界の家庭に実際にホームステイすることでその家族の一員となろうと、みんなしていて、日本にくる人のことも家族として扱おうとしていて、すると各国や各家庭の家族観の違いなどの多様性を知る。
こうでなくっちゃいけない、という思い込みにかなり風穴があく。
ちなみに私はヒッポでも異質な存在だと思ってる(ヒッポでは異質さは、むしろ好まれるが)。多くのメンバーは、お母さんが子供の教育にいいな、と思って入会し、お父さんも巻き込まれる場合もある、という感じ。
私は自分がやりたくて入会したのが12年前。一時は妻、娘、息子を全部巻き込んだが、妻と娘はいやでやめてしまった。息子と二人になって6~7年がすぎた。
娘が大学生になって家を出たこともあり、妻の嫌ヒッポ感情も徐々にうすらいで、変化の兆しがある昨今。それは私の教室に海外の人がどんどん来たり、私が海外へ教えに行ったり、ということが実現してることとも関係がある、とは思う。
でも、私は、ここ、最近改善しているな、と感じている。

深尾さん、中国の全体性と部分での細部のやりとりが矛盾しながらダイナミックに動いている感じの話が、すごく興味深いです。知らなかった、意識しなかったことです。
中国人が自由すぎるから、っていい感じです。

というふうに本当に思いつくままに、チャットするつもりで書いてしまった。
現時点で、あまりからめとられていやだな、というストレスは感じてない。
しかし、多分、日本の社会そのものにからめとられてはいるわけで、そこを見ないようにしている、とは思うので、そこを見ていくべきなんだろうな、と思う。

自分の場合は、そこを自覚して、もっと社会に出ていくことをする、ということと、一方で小さな社会集団にからめとられ苦しめられることはなく、よかった、という体験を語れる、という面ももっている。
多分、その点は、今回セッションに来ていた多くの人とは異質な体験だと思う。
深尾さんが中国の人と人との関係性が日本とはまるで違うことから多くを学んだように、私が何かを言うことも、少しは何かの足しにはなるような気がする。
私はみんなとは違うから、私の例は役に立たない、ではなく、違うからこそ、誰かには何かの発見があるかもしれない、という態度を強めていくべきだ、って思った。

●吉田恭隆さん

いやー、田原さんの最初のまとめ興奮しました、また脱植民地化と
いう言葉で世界を開いていただいた深尾さんにも大変感謝です?
これからもよろしくお願いします!

●赤塚丈彦さん

ありがとうございました。
参加者が多くてびっくりしました。
チェンドリをやった次の日だったので、さらにzoomの可能性を感じる時間でした。
内容としては、アカデミックな内容でもあったので、知的欲求が満たされつつ、実体験との紐付けがあまりできなかったです。日々の生活にどう生かすのかというところまで2時間で行くのはちょっと難しいのかもしれませんが。

●小河 節生さん

蓋って何種類もありそうです。

●会沢裕貴さん

蓋をしないで、人は進化することができるのか?
これが、今回のセッションで得た問いです。

インプラントのように蓋を挿入しないことで、初めから自分に偽りのない人格を形成できるのか。
それとも、蝶がサナギとなって成虫になるように、人も進化するために蓋をし、そこからの離脱が必要不可欠なのか。

どんなに注意しても、幼少期には少なからず親・家族などの家庭環境から影響を受けると思うし、それかいい方向で出るか悪い方向で出るかにもよるのではないかとも思います。

自分自身、脱植民地化の最中なので、あと5年くらいは時間がかかると思いますが、脱植民地化できた状態を楽しみに向き合っていこうと思いました。

ハーバードなどで盛んに研究されている成人発達理論(キーガン、ハイフェッツ)はもちろん、「普通がいいという病」という本が、この蓋について心理学的観点から図示、解説しており、参考になります。

●森田敦子さん

コミュニケーションの在り方を考えさせられました。改めて録画動画を見ることで新たな気付きがあるのではないかと思い、申し込みました。
よろしくお願いいたします。

●鈴木美香さん

録画をみた感想です

私自身が現在進行形の母親なので、子育てと蓋の関係がすごく気になってました

ゆささんは、蓋に自覚的になる重要さをおっしゃってましたね
これはすごく腑に落ちました

そしてさいごのほうに、そもそも蓋を作らないような子育て、という話がでていたように思うのですが、これって可能なのかなぁ、と思っていました

たぶん、そんな事例を見たことがないから想像がつかなくて、自分でもびっくりするくらい、そんなことあるわけない!と抵抗しているんですよね

無意識に、そういう人(はじめから蓋がなくて、さらに育つ過程でも蓋が形成されない人)が出てきたら怖いっておもっているんだなーと感じました

だいぶ自分の蓋が外れた思いを持っていたけど、こうして怖がっている自分をみつけて、まだまだ根は深いなとおもっています

こうして蓋がないまま、大人になった人にあった方とかいらしたら聞きたいです。
海外とかどうなんでしょうか

●河本伸也さん

タイミング遅くなりましたが、皆さまの対話動画を週末にチェックすることができました。
動画見て、僕自身の最近の学習や気づきの要素を含めての改めての気づき・仮説をここにシェアさせていただきます。

・「蓋」は、人が社会的な動物として生きていく、成長していく中で、効率や安全を目的に必要なものとして獲得するもの。
・作られる蓋は、個人の経験・感情・無自覚の情動・思考だけではなく、他者・社会から受ける様々な影響のある複雑系から創発的に作られる。
・人の脳の特性である社会性が、無自覚の脳の反応ではなく解釈・思考にまで拡大し過度に作用すると、蓋は、生きやすくする手段を超えて、「個」を抑え込み、社会性を強化すること・秩序化が目的化する。
・が、この構造がさらに進むと、個の脳が「無自覚のそのままの感覚・情動」と「過度な解釈」のギャップに対する警告を発するようになり、「生来持っている衝動」に気づけるようになる。これが、一人ひとりが蓋を創り出す意義なのか。
・ただし、この警告に気づけないと、この静的構造を維持するために、個のエネルギーが使われる。つまり、個は構造維持を目的に生きることになる。
・この静的構造ではなく、個の「ゆらぎ」が全体の構造へ影響を及ぼせる多様性を含んだ構造を持っていれば、ダイナミック(動的)な秩序が維持できる。
・このダイナミックな秩序構造なら、個が、自分の人生を生きることにより、社会に自分が創り出したいものを創り出せる構造、蓋を開け自分の人生を生きる構造となる。
・一人ひとりの〈いのち〉が生来持っている個々人の多様性を受け入れる社会・教育を、個々人が自分の多様性を認めることから創発的に生み出していくことが、今自分達が始めることか。蓋は、個人だけで作り上げたものではなく、社会的な様々な影響も含めて創発的に生まれたものなので、周りからの影響も蓋を開けるゆらぎとなり得るはず。
・一人ひとりが自分の衝動に基づいて自分の人生を生きるために必要なのは、解釈・思考ではなく、人類の進化の中で人類全体に脳内に埋め込まれている無自覚の反応・情動に自覚的になること。進化過程で脳内に継承されている真・善・美・道徳観などが生み出す情動に自覚的になること。

あくまで、気づき・仮説メモ程度として。

場に参加してくださった方や、録画を視聴してくださった方から上がってきた感想を読むと、自分にはなかった視点に気づくことができました。

私にとっての大きな気づきは、学習というのが、魂の植民地化と脱植民地化を繰り返しながら進んでいくものなのだということでした。言い換えれば、蓋ができたり、外れたりということを繰り返しながら学んでいくということなのかもしれません。

蓋というものを、過剰にネガティブなものとして捉えるのではなく、成長の過程であり、機能を持っているものだと捉えるという視点は、イベントをやる前には、自分の中に存在していない視点でした。

集まって学ぶことで、多様な角度からの視点に触れる学びって豊かだなぁ―と改めて感じました。

録画動画は、引き続き3000円で販売しています。

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